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東京地方裁判所 昭和54年(レ)131号 判決

控訴人

関岡保

右訴訟代理人

伊藤重勝

被控訴人

木村ツネ

外六名

右被控訴人ら訴訟代理人

栗山和也

前田裕司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  被控訴人らの請求原因

1  控訴人及び被控訴人らは、原判決添付別紙土地所有関係表(以下「所有表」という。)記載のとおりの土地の所有者である。(なお、各土地の位置関係は原判決添付別紙図面(以下「図面」という。図面中、「21―43」とあるのは「国立市西二丁目二一番四三」を略して記載したものであり、他も同様である。)のとおりである。)

2  控訴人は、昭和五二年四月一八日、所有表二の土地(以下「本件土地」という。)上に原判決添付別紙物件目録記載の鉄製門扉(以下「本件門扉」という。)を築造し、被控訴人らが本件土地を通行することを妨害している。

3  被控訴人らは、次に述べる権利に基づき、控訴人に対し、本件門扉の除去を求める。

(一) 通行地役権

(1) 所有表記載の各土地は、昭和三一年二月当時、いずれも同一の所有者に属し、第二拝島都営住宅(以下「都営住宅」という。)の敷地であつた。右所有者は、同月、都営住宅居住者に対しその敷地を図面のとおり分譲した。その際、各分譲地を道路部分と宅地部分に分け、道路部分の分譲単価は宅地部分の半分以下とした。右道路部分は、昭和二四年に都営住宅が造られて以来、通路として使用されていたものであり、右分譲に際し、各譲受人は、分譲後も右道路部分が従前どおり道路敷として存置され通行の用に供されることを承諾していた。

(2) したがつて、右分譲に際し、譲受人相互間に、互に道路部分として分譲を受けた土地(承役地)は、各宅地部分として分譲を受けた土地(要役地)の利用上これを自由に通行し得べき旨の相互的かつ交錯的な通行地役権が暗黙に設定されたものである。

(3) 被控訴人木村、同萩原、同白井は、右分譲における譲受人である。同吉野、同新條、同藤原、同増川は、いずれも、その後の取得者である。したがつて、被控訴人らは、各土地所有権の取得に伴い本件土地の通行地役権を取得した。

(二) 仮に右通行地役権が認められないとしても、債権契約による通行権を有する。

(1) 控訴人は、昭和四八年八月二七日、本件土地を購入する際に、各分譲地はもと同一の所有者に属していたこと及び各分譲土地所有者はそれぞれの土地の一部を道路として使用してきたことなどを十分認識していたものであり、更に同五二年四月一八日まで、被控訴人らの通行に対し何等の異議も申立てなかつた。

(2) したがつて、控訴人と被控訴人各人との間には、昭和四八年八月二七日以降遅くとも同五二年四月一七日までの間にそれぞれ、本件土地の通行を目的とする土地利用契約が黙示に締結されたものである。

(三) 仮に、右通行権が認められないとしても、慣行による通行権を有する。

(1) 本件土地を含めて通路部分は一方はブロック塀、一方は植木或は垣根によつて仕切られていて明確に道路の態をなしており、道路部分を区別して分譲されている点よりみても人為的に加工された道路である。

(2) 本件土地は、昭和二四年ころ、都営住宅が造成・建築された当初より公道に通ずる道路として使用されてきたものであつて、被控訴人らはその居住以来本件土地を通行していたものであるが、前所有者秋山喬も、控訴人も何等異議を述べることがなかつた。

(3) 被控訴人らは、本件土地を通行して国立駅方面の近くのバス停に出たり、スーパーマーケット、商店街に出ていたもので、本件土地を通行しなければ日常生活の上で、著しい支障をきたす。

(4) 本件土地を含む控訴人及び被控訴人らの土地はもと同一の所有者より分譲されたもので、分譲に際しては、被控訴人らの所有する土地の一部(道路部分)も本件土地と共に通路の一部を構成するものとされ、現在も通路の一部を負担している。

(5) 右分譲に際しては、宅地部分と道路部分とが明確に区別され、道路部分は宅地の単価の半額とされた。したがつて、右分譲を受けた者は、道路部分について他人の通行を認める意思を有していたのである。

(6) 右(1)ないし(5)の各事実の存在により、被控訴人らは本件土地につき慣行上の通行権を有する。〈以下、省略〉

理由

一所有表記載の各土地がもといずれも同一の所有者に属し都営住宅の敷地であつたこと、右所有者は都営住宅居住者に対しその敷地を図面のとおり分譲し、その際、各分譲地を道路部分と宅地部分に分け道路部分の分譲単価を宅地部分の半分以下としたことは、当事者間に争いがない。当事者間に争いのない右事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

本件土地を含む図面記載の各土地(「21―1」ないし「21―20」及び「21―43」ないし「21―60」)は、いずれも、昭和二三年当時、訴外経済団体連合会(以下「経団連」という。)の所有で(ただし、登記名義人は経団連事務局長の堀越禎三であつた。)、そのころ建築された都営住宅の敷地であつたが、図面のうち「21―43」ないし「21―60」の部分は、道路として開設され、宅地部分とははつきりと区別されて都営住宅居住者及び付近住民の通行の用に供されていた。昭和三一年ころ、右都営住宅(建物部分)が居住者に分譲されることになつたのに伴い、経団連は図面記載の各土地を含む都営住宅敷地を各居住者に対し分譲することにした。右分譲にあたつては、各分譲地を従来の利用状況に基づいて道路部分と宅地部分に分け、道路部分の分譲単価は宅地部分の半額以下とした。(図面記載の各土地においては、「21―1」ないし「21―20」が宅地部分、「21―43」ないし「21―60」が道路部分として、分譲された。)そして、右分譲に際して、経団連は都営住宅者に対し説明書を配布して右分譲手続を説明するとともに、右居住者(分譲対象者)を集めて説明会を開き、右のとおり各分譲地を宅地部分と道路部分に分け、それぞれ異なる単価により分譲することなどを説明したが、居住者(分譲対象者)の間からは右説明に対する異論はでなかつた。そして、右分譲後も、道路部分として分譲された部分は従来どおり道路として維持されて旧都営住宅居住者や付近住民が自由にこれを通行しており、道路部分所有者は(分譲後の転得者を含め)、右通行を当然のこととして承諾していてこれに対し異議を唱えることはなかつた。(昭和三一年当時経団連から本件土地及び所有表一の土地(以下合わせて「本件分譲地」という。)の分譲を受けた訴外秋山喬もまた、前記経団連による分譲方法の説明に対し異議を述べず、分譲後も本件土地上を他の都営住宅居住者らが通行することに対し異議を唱えたことはなかつた。)

右認定の各事実を総合すれば、経団連から都営住宅居住者への分譲に際し、譲受人相互間に、互に道路部分として分譲を受けた土地(承役地)は各宅地部分として分譲を受けた土地(要役地)の利用上これを自由に通行し得べき旨の相互的かつ交錯的な通行地役権が黙示に設定されたものと認めるのが相当である。

判旨二〈証拠〉を総合すれば、被控訴人らは、経団連による前記分譲ないし右分譲における譲受人からの譲渡により、所有表記載のとおりの土地を所有していると認められる(被控訴人らが、所有表記載のとおりの土地を所有していることは、当事者間に争いがない。)。そして、前記一において認定のとおり、分譲の際譲受人相互間で相互的かつ交錯的な通行地役権が設定され、分譲後も道路部分として通行の用に供されているからであるから、被控訴人らは、右各土地の所有権取得に伴つて本件土地の通行地役権を取得したというべきである。

三控訴人が昭和五二年四月一八日本件土地上に本件門扉を築造し被控訴人らが本件土地を通行することを妨害していることは、当事者間に争いがない。

四そこで、被控訴人らの通行地役権に基づく妨害排除請求の成否について検討する。

1  通行地役権も、不動産に関する物権であり、登記可能な権利であるから、これを承役地の第三取得者に対抗するには登記を備えることを要するところ、控訴人が昭和四八年八月二七日前主訴外秋山から本件土地を譲受けたことは、当時者間に争いがない。しかるに、被控訴人らが本件土地について通行地役権設定の登記を経由した旨の主張・立証はない。

2  しかしながら、〈証拠〉を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一) 前記一において認定したとおり、本件土地は、昭和二三年ころ都営住宅が建築された際に道路として開設された宅地部分とは明確に区別されて都営住宅居住者及び付近住民の通行の用に供されていたものであるところ、昭和三一年ころ当時の本件分譲地居住者前記秋山に対し分譲され、右分譲後も旧都営住宅居住者や付近住民の通行に供されていた。そして、右秋山は、分譲後も、被控訴人らをはじめとする付近住民が本件土地を自由に通行することを承諾しており、右通行に対し何の異議も唱えていなかつた。

(二)  控訴人は、昭和二六年ごろから、肩書地(国立市西二丁目一一番二四号)に居住し、同所において豆腐屋を営んで、現在に至つている。右肩書地は、本件土地から公道を隔てて北方約一〇メートルの至近距離にある。控訴人は、本件土地が都営住宅の居住者らによつて道路として使用されていたこと及び、都営住宅分譲後(控訴人は右分譲の事実を聞き及んでいる。)も本件土地は従前どおり居住者らによつて道路として使用されていることを知つていた。

(三)  控訴人は、本件分譲地を買受けるに際し、買受ける土地が二筆となつていることを登記簿で確認し、現地の状況も確かめている。そして、手付金を授受する際、控訴人は、前主の訴外秋山から委任を受けた不動産業者の訴外星野に対し、付近住民が本件土地を通行していることについて一切迷惑をかけない旨手付金の領収書に記載するよう求め、領収書にその旨記入させた。

(四)  控訴人は、昭和四八年八月に本件土地を取得したが、その後も、被控訴人らをはじめとする付近住民が本件土地を通行することについて異議を唱えず、これを事実上黙認していた。ところが、昭和五一年六月四日になつて、本件土地上に立木二本を植えて通行を妨害し、被控訴人らとの間に紛争を生じさせた。更に、昭和五二年四月一八日、本件土地上に門扉を築造している。

(五)  都営住宅を譲受けたあるいはその後譲渡を受けた被控訴人らは、取得した土地のうち道路部分は共同生活上他の居住者の通行を受忍しなければならないと意識し、本件土地も都営住宅時代から通行の用に供されていたから、本件土地を当然通行できるものと考え、公道に至る通路として本件土地を利用してきた。ところが、控訴人が前記のとおり本件門扉を作つたため、本件土地を通行することができなくなつた。

控訴人は、本件土地の利用状態を知らなかつた旨主張し、控訴人の当審供述には右主張に副うとみられる部分もある。しかし、前記認定の控訴人の住所と本件土地との距離及び控訴人の居住年数に照らし、右供述部分は到底信用できない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

判旨3 前項(一)ないし(五)の各事項を総合すれば、控訴人は、本件土地から至近距離の地に居住し、本件土地が都営住宅時代からその居住者らの通路として利用され都営住宅分譲後も従前どおりその居住者らの通行の用に供されていたことを熟知していたものであり、したがつて本件土地を取得する際、通行権の負担のあることを認識しながらこれを取得したものと推認するのが相当であり、しかも、取得後約三年もの期間通路として使用されている状態を黙認していたにもかかわらず、植木を植えて通行を妨害して紛争を生じさせ、更に本件門扉を築造して被控訴人らの通行を不可能にしたものと認められるから、控訴人は、本件土地について地役権設定の登記が経由されていないことを理由にその対抗力を否定し得る正当な利益を有する第三者であると解することはできない。

4  控訴人は、控訴人は本件土地の従前の利用状態を知らず本件土地を宅地として利用できるものと信じてこれを買い受けたもので、他方、被控訴人らは、各所有地の道路部分を住居かきね等の敷地として個人的に利用し、図面「21―13」と「21―8」の間の通路及び図面「21―11」と「21―10」の間の道路をふさいで通行を不可能にしているから、控訴人をもつて登記の欠缺を主張する利益なき者ということはできず、被控訴人らが控訴人を登記の欠缺を主張しうる第三者に該当しない旨主張すること自体信義則に反し許されない、と主張する。

しかしながら、控訴人が本件土地につき従前から通路として利用されていたことを知りながらこれを買いうけたことは前記3認定のとおりであり、控訴人の主張はその前提を欠く。また、〈証拠〉によれば、被控訴人ら所有地の道路部分についてはいずれも道路部分に一部はみだす形で住居、車庫、へい、かきね、物干等が設置されているとはいえ、なお、日常の通行には十分な巾員が残されていて、付近住民の通行に支障を与えるには至つていないと認められ、更に、〈証拠〉によれば、図面「21―13」と「21―8」の間及び同「21―11」と「21―10」の間は、いずれも、従来事実上通行可能な状態であつたとはいえ、都営住宅建設の際道路として開設されたものではなく、昭和三一年の分譲においては宅地部分に区分されて宅地部分としての分譲単価をもつて分譲されているものであるから、右部分について分譲の際相互的・交錯的通行地役権が設定されたと認めることはできないから、被控訴人らの右各行為の存在は、本件土地の通行地役権の対抗力に関する前記3における判断に、影響を及ぼすものということはできない。

よつて、控訴人の右主張は失当である。

五控訴人は、被控訴人らが各所有地の道路部分を個人的に利用し、前記四4記載の各通路をふさいでその通行を不可能にしていることに照せば、被控訴人らの本訴請求は倫理に違背し権利濫用にあたる旨主張するが、右主張は、前記四4において述べたのと同様の理由により失当というべきである。

六以上によれば、控訴人に対し前記通行地役権に基づき本件門扉の除去を求める被控訴人らの本訴請求は理由があり、これと同趣旨の原判決は相当である。

よつて、本件控訴は理由がないので民事訴訟法三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を徳用して、主文のとおり判決する。

(越山安久 小林正明 三村量一)

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